うつ病になった精神科医が教えるうつ病の暗闇の世界
泉基樹「精神科医がうつ病になった」
その発病から完全復職に至るまでを克明に綴り、多くの共感を呼んだ感動の手記である。
うつ病を含む精神病への偏見を少しでもなくすことを願って発刊されたこの本は多くの反響を呼んだ。
2018年の現在、「新型うつ」が話題になっている今日この頃、「うつ病」への理解は本書が発刊された2002年よりは進んでいると言っても良いであろう。
偉そうに語っている自分も「うつ病」についての知見はほとんどない。
辛い精神病であることは知識として知りつつも、患者さんの様子を見たことがあるわけでもなく、自分が知っていることはただの知識でしかなかった。
だからこそ自分はこの本がうつ病の世界を身近に感じるために最適であると断言できる。
しかし少しでも「うつ病」を知るためにこの本をさらに多くの人に読んでもらいたいと思う。
以下は自分が読んだなりの粗筋をまとめたものである。
少しでもこの本に興味を持った方は是非とも自分で一冊読み切っていただきたい。
文庫版で230p程度であるため読みやすい文章量であるにも関わらず、読み終えた後は大長編を読んだかのような感慨深さを味わうことが出来る本である。
第1章 親友の死と精神科医への道
第1章では泉先生の幼少期から精神科へ入局するまでが記されている。
父親との不和、大人に締め付けられた中学時代と自由の意味を考える高校時代には泉先生の性格を形成する重要な体験が記されている。
また高校時代には泉先生の今後の人生を大きく動かす親友との出会いが待っていた。
大学4年生の冬、泉先生は親友がうつ病であると知る。
必死に親友を救おうとする泉先生であるが、その努力も虚しく親友は自殺をしてしまう。
自分が親友を見殺しにしたと考えた泉先生は、関東のとある県にある精神科へと入局を決意する。
第2章 研修医としての経験
この章では研修医として懸命に働き、学んでいく泉先生の様子が記されている。
この研修期間中に泉先生は芸術療法というものに出会う。
また泉先生は指導医である大熊先生から、「自分にしかできない愛の表現」や「川の流れを止めることは出来ないが、その流れを変えることは出来る」という教えを受ける。
泉先生は「患者さんの言葉にならない言葉を聞き取れる医師」を目指しており、そんな彼にとって「自分にしかできない愛の表現」は大切なキーワードであった。
泉先生は患者との心の距離が近すぎていつか燃え尽きてしまうことを心配されるが、「親友の死」を繰り返したくないという思いから治療方法を変えることは出来なかった。
第3章 うつ病の発症
東京の病院のうつ病専門病棟で働き始めた泉先生に「責任」というプレッシャーが積もっていく。
冬の初め、気力が失われていた泉先生は自分がうつ病を発症したことを確信した。
しかし休職すべきことはわかっていつつも患者さんのことが気になってしまい、抗うつ薬を服用しながら働いてしまう。
うつ病の知識がありながら自分で自分を止めることができなくなっていた。
大学病院へと戻った泉先生は彼女や同僚に支えられながらぎりぎりの状態で働いた。
患者さんへ表面的な回答しか出来なくなった泉先生の頭には「死ぬ」か「辞める」のどちらかしか頭になかった。
彼女の支えでぎりぎりのところで「仕事を辞める」ことができた泉先生は先の見えない闘病生活を始めた。
第4章 自殺願望と戦う闘病生活
休職をして薬を飲み家で休み始めてからも泉先生は自分が回復するとは到底思うことが出来なかった。
彼女の助けもあり徐々に回復の兆しを見せ始めるものの、自分の未来に前向きな考え方が出来ず、どうしても自殺願望が浮かんできてしまう。
そんな時心の支えとなってくれたのが彼女である。
「今のままでいいのよ。」と心から言ってくれる彼女のお陰で泉先生は生きながらえることが出来たのである。
周りの人々に支えられて少しずつ回復をしていった泉先生はO病院で少しずつ働き始めることを決意する。
第5章 復職と新たな気づき
その岩崎さんから「川の流れを、そっとそのそばで見守ってあげる精神療法もある」という新たなヒントを得た泉先生はもう一度精神科医としてもう一度だけ頑張ってみようと思えるようになる。
自分はこの本を読んで、泉先生の精神科への誠実な思いを感じ取った。
自身がうつ病になり、苦しんでも尚、患者さんを救いたい一心でもがく様に心を打たれた。
真面目な人ほどなりやすいという「うつ病」の姿を知るために、一人でも多くの人にこの本を読んでもらいたい。